MDR-MV1は2023年5月にSONYから発売された開放型モニターヘッドホンです。発売前に各地で先行デモンストレーションをしていましたが、Youtuberに配ってレビューさせるだけよりは実際に確認できるので、この方法は良いなと思いました。まずはファーストインプレッションを上げて、いずれ更新していこうと思います。
自分も発売前に所用で行っていた出先の上野のヨドバシで聞くことができました。その時は店で用意したSONYのDAPへの接続でしたが、ハイレゾ音源が聴ける環境となっていました。店頭の視聴はガヤガヤしていると聞き難いですが、閉店間際だったのと平日で人が少なかったのもあって比較的ゆっくり音楽に集中できる環境でした。その時点でレポートでも書こうかと思ったのですが、せっかくなので自宅の環境で他機種と比較してからレビューを書くことにしました。そろそろWF-1000XM5が発表されるかというタイミングで、自分としてはそちらが出たら買おうと思っていて、試聴でも音自体は驚きはなく価格相応かと思いながら聴いてましたが、手持ちの開放型では似たものがなかったのもあって気づいたらその足で予約していました。
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概要
型式:ダイナミック型、ドライバーサイズ:40mm、インピーダンス:24Ω(1kHz)、感度:100dB/mW、重さ:約223g(ケーブル含まず)、価格は5万円台後半から6万円弱となっています。
インピーダンスは低めで感度も低くはないので、鳴らしやすいと思われます。既存のモニター用よりも鳴らしやすいので、付け替えの際のボリュームや抵抗値が少ないことによるノイズを気にしている人もいるようです。
SONYのモニター系はCD900STやM1STのように密閉型のイメージがありますが開放型を出してきました。この価格帯はゼンハイザーやSHUREやAKGやオーテクなど多くの有名メーカーがリファレンス寄りの開放型モニター機を出しています。この辺りはその使い道からもロングランの機種が多く定評を得ていますが、今年に入ってから少し価格は違いますがゼンハイザーがシリーズ最新作として完成度の高いHD660S2を出してきています。そこにこれまで触れてこなかったSONYが殴り込みをかけてきたというところです。
外見はSONYのモニター系の見た目に準拠していますが、ドライバー背面に穴が空いているのが特徴的です。7506のようにProfessionalのエンブレムが貼られています。印象としてはかっこ良くはないですが、プロユースとあればかえってこうした見た目の方が業務用感が出るかなとも思わないではないです。
ヘッドホン側は片側だしですが、M1STと同じようにロック機構付きの4極3.5mmとなっていて、標準ケーブルは6.35mmとなっています。
側圧もゼンハイザーのHD600番台よりは緩めで広げやすく、スエード調のイヤーパッドはふかふかしていて(マニアックですがHD598CSの付属に似ています)装着感も良く、重さも200グラム台前半なのもあり軽快で長時間の使用に耐えます。
余談ですが、最近は環境に配慮して(といいつつ本体はプラだったり、紙の大量消費で木材はいいのかとか気にならないではないですが)紙包装が多いですが、その煽りもありGrado並みに簡素なパッケージで、更に不織布に包まれた本体とコネクタが入っているだけという徹底ぶりです。本体は当初プラだと思い込んでいましたが、アルミ成形のようです。できるだけプラを使用しないという意味では徹底していて、凝ってます。
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音の感想
環境はPC(MacのAppleMusicで空間オーディオ)→Diablo、Soundgenic→DA310USB、Tambaqui DAC→PhonitorXで確認、音源はHD音源で各種ジャンル
発売後1ヶ月強聞いて若干加筆しました。
試聴の時にも思いましたが、一聴して低音が多いです。密閉型かと思うような鳴り方をしますが、高音は止まることなく広がっていきます。モニター向けとは言っても、さまざまな種類があるので普段使用している機種によって感じる所は異なると思います。AKGの700番台やHD400pro(HD560S)、CD900ST、DT1990などに慣れていると高音が出ない中低よりという印象を持ちそうです。また、HD600番台(HD660S以外)に慣れているとウォームさが抑えめに感じられます。
質感:エッジは立ちすぎずややウェットな印象があります。ゼンハイザーが全体的にドライなのと対照的です(質感はどの要素の数値が多い時にそう感じるのかを調べたい気もしますが)。音の立ち上がり自体は遅くないものの角が少し丸く感じられます。減衰が少しゆったりして透明感のあるベールを作る関係かもしれません。解像感は驚きや発見がある類ではないですが、必要な情報が必要なだけ聞こえて、撫でつけたようにざらつく感じがしないので背景の黒さを感じさせます(言い換えるとガラス越しにみているような印象で細かい質感が見えにくい気がしないでもない)。音同士の配置が整然としていて聞き分けがしやすいので分離はよく感じられます。
空間:特に壁のように感じることもなく、滑らかに広がりますがやや彫りが浅めにプロジェクションされたような印象です(環境や音源で立体感は異なりますが)。この辺はSONYの音作りの方向性でしょうか。ドライバの配置も並行なのか素直な鳴らし方なので、Apple Musicの空間オーディオを試したりしましたが、謳い文句通り3D音源や空間エフェクトは効果的です。
高音:高音がほしいところでしっかり出ます。その割にそこまで主張してくるわけでもないので、耳障りな感じもなく刺さりも気になりません(と思いましたが環境と音源によってはちょっと刺さり気味なものもあります)。量的にはDT1990>MV1>HD660S2
のちに周波数応答特性も見てこの違和感の一端が分かりましたが、どうやら2k-4kあたりがディップになっていて、6k-10kあたりにピークがあるので、高音のシャリつきがありながらディテールが見えにくいという、他のヘッドホンとは異なる特性がこの音の正体のようでした。
低音:多いですが中低音が止まって中音をマスクするような感じではないのでウォームさはそれほどありません。密閉型のように低音と超低音が多く出ます。特にEDMで開放型とは思えないほどキックがバシバシと重量感を持って鳴るのが面白いです。低音のディテールも追っていけますが、タイトに減衰するというよりは少し弾力を持って広がって残るように鳴るのでやや緩いと感じる人もいそうです。量的にはMV1>HD660S2>DT1990
総合:艶のあるドンシャリ系とでも言えば良いのでしょうか、ハーマンカーブを狙いつつ高音は煌びやかに、低音はより沈み込み広がるようにという音作りなので、EDMや各種空間エフェクト系が映える印象です(AppleMusicの空間オーディオを想定した音源では、オフだと浅めの空間と残響に若干違和感がありますが、オンにすると音抜けが変わり距離感が出て立体感のある空間で聴けます)。高音のディップとピークの周波数帯クセから、モニター機全体からすると結局一部の高音の質感が見えないのでこれ一本でのミックスやマスタリングには使いにくい気がします。ここが抜けがいいと思えないとか低音寄りと評価する人がいる所以のようです。CD-900STが録音や粗探し用として定着したように、空間を見るためのモニターという位置付けとして、新しい音楽の技術を見据えた新しい業務用機的の標準となれるかは定着度合い次第というでしょうか。
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他機種との比較
試聴の時にMDR-Z7M2が近くにあったのですが、質感は似ていました。SONYの音作りの傾向ということかもしれません。
HD660S2との比較では発売時期や同じ開放型ということもあり引き合いに出されやすいですが、それぞれキャラクターが異なりますのでいずれが良いということは言いづらいなと。
低音も高音もMV1の方が多く刺激的ですが、中音と中低音はHD660S2の方が多くウォームさ(交互に聞くとこの辺りの音の抜けにくさがモヤっとも感じます)があり出音が均質に鳴っていながら聞き分けができる解像感があります。
空間はMV1の方が耳周辺にスケール感のある音場の大きさがあります。この音はこの場所というように配置が整然と平面的に並んでいるMV1に対してHD600系の方が音同士が立体的に重なっているように感じられます。また、出音自体はゼンハイザーで例えるならMOMENTUM3の方向の方が似ているかもしれません。今は手放しましたが、音の立ち上がりと減衰はAir Pods Maxをなんとなく彷彿としそれをもう少し強調した感じかなとも思いました(実際に比べると違いそうですが)。
イヤーパッドのスポンジの影響も含め開けっぴろげに外に広がっていく音で空間を構成するHD600系(Gradoもその傾向)と比べると、HD600系の環境次第(アンプのクロスフィードなども使うとさらに)でヘッドホンの存在感を薄れさせるようなナチュラルさと比べるとやや空間が人工的な感じがするというか、低音が取り巻いているのもありますがヘッドホンで聴いていると常に感じさせる鳴り方です。
SignatureMasterと比べると密閉感の薄めのSignatureMasterと開放感の薄めのMV1は両者カテゴリは反対側ですが、立ち位置が似ています。低音はMV1の方が多く高音は同じ程度出ますので相対的にSignatureMasterの方が明るめです。空間はSignatureMasterは反響によって空間を作っているのもあり方向性の違う人工的な趣きを持ちます。少し前方に象を結ぶように設計しているSignatureMasterの方がやや客観的に俯瞰しているようにさっぱり鳴らしながら音に細かい凹凸のテクスチャがあり、MV1の方がスケールの大きい音に包まれるもののやや平滑な空間です。
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まとめ
リスニング用途では、自分としては高音はある程度シャリついて欲しいのもあってロックやメタルで使うのもいいですが、手持ちの開放型ではEDMとの相性が最高でした。良くも悪くも少し人工的で行儀の良い鳴り方をするのと、音源によって残響が必要以上に多く低音が重く広がるのでその辺りは好みが分かれるかもしれません。いずれにしても、密閉型のような鳴り方の開放型というのが特徴になりそうです。映画でも臨場感が出そうです。
DTMでも最近はLogicなど空間オーディオをアプリ上で作れるようになっていますし、ヘッドホンでそういった空間の定位がきちんとモニターできることは制作者として必要です。とはいえ、当然ですがヘッドトラッキング機能はないので、その意味では真に空間オーディオをモニター出来そうなヘッドホンは現時点では引き合いにも出したAirPodsMaxしかないのかもしれませんし(BTだからこその諸問題:遅延やコーデックによる音質など諸々はあるので制作に向くかは謎ですが)、SONYもいずれBT無線機かヘッドトラッキングのみオプション装着でBT対応など、いずれは全部載せのような高品質モニタリングができる環境を出してきそうな気もします。
また、現在の音源は空間に加えて電子音を含めサブベースが当たり前に入っているのと映像メディアの音響への対応も考えると、今の時代にこういった機種が出てきたのは意義があると思います(HD660S2で低音を増してきたのもそうした需要もあってだと思われます)。最終リスニング環境をイヤホンやヘッドホンをある程度想定しているところもあるのかもしれません。ふた昔前はラジカセで聴いた時にいい音で聴けるように音作りをしていたという話も聞きましたが、その現代版として。
結論としては、音を聞く限り同価格帯のリファレンスよりの開放型のヘッドホンとは性質やキャラクターが異なりますので食い合う関係ではないように感じました。どちらかというと、モニターヘッドホンの新しい軸を与えたというところでしょうか。癖のないリファレンスの開放型と録音・粗探し用の密閉型と並行して持つ感じで。普段使いしたいかと言われると、自分としては低音はタイトな方が好みなのもあるし、引き合いに出されやすいHD660S2の方がアンプに繋いだ時や全体的な素直さがあっていいかなとも。DTM熱が戻るまでは映画やゲーム、あるいはEDM用としては使い出があると思いますので役割は被らなさそうです。