自分の手持ちでずっと歯抜けのようになっていたSennheiserのHD600ですが、現行品の状態の良いものが比較的安めに入手できたのでレビューしていきます。これで現行の500番代以上の開放型はほぼ網羅できました。
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概要
重さ:約254g、インピーダンス:300Ω、感度:97dB(1kHz/1Vms)の開放型のオーバーイヤーヘッドホンです。HD600は前身のHD580が1990年代に出て、その特別版をベースにHD600シリーズが始まりました。ですので、設計はHD650よりも古いものの癖のない鳴り方で長く世界で愛されたモデルです。日本では販売されていなかったので、知名度はHD650に譲りますが(自分は日本発売まで噂ぐらいしか知らなかった)、2018年以降正式に販売されています。2019年以降に600番台は新パッケージとしてリニューアルされていて、もともと大理石調だったハウジングは控えめなガンメタ塗装(グレーブラック)となっています。HD650も同様に、旧版では光沢のある派手なメタリック塗装にヘッドバンドに大きめに書かれていたロゴが現行版では少し落ち着いています。新旧を聴き比べていないので、音の違いは多少なりともありそうですが(ゼンハイザーは長期販売しているモデルでも時期によって素材や鳴り方が異なるサイレント修正が行われます。HD650の初期型のみの仕様やGEと呼ばれる世代などが有名です)、今回見ていくのは現行版の製品となります。
見た目としては、ハウジングの造形はHD600番台と共通しています。傾斜配置のないシンプルなドライバー配置と、しっかり密着するやや強めの側圧を持ち、装着感も600番台共通です。ハウジングの外側はメッシュとなっていて盛大に音が漏れます。ヘッドバンドのクッションがHD650やHD660Sで中央のみが凹んで2ブロックになっていたのに対し4つのブロックに別れているのと、ハウジング横のモデル名のバッジがゼンハイザーのコーポレートカラーであるシアンのような青なのが特徴的です。
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音の感想
ゼンハイザーのヘッドホンの中でもモニター向けと言われることもあり、現行版のHD600はニュアンスや響きを抑えたニュートラルな音を鳴らします。HD560SやHD800Sあたりにも近いスッキリした寒色系の鳴らし方なのかとも想像していましたが、時代や世代的なものもありそうですがHD650と方向性の近いやや角の取れたややウォームで柔らかめな音を鳴らします。環境や音源や人によっては少し緩いと感じるかもしれません。
音場:HD660Sほど近い感じもないですが、音同士の距離感はHD650と同等か気持ち浅めというか近めです。空間の中で音同士のつながりや距離感がスムーズで、空間の中を丁寧に描く描写力はHD650にも共通して、上流を整えて聞くとしっとりと染み渡ります。この辺りは周囲から常に鋭い音が飛び出して主張してくるHD700とはHD650以上に対極のように思えます。
高音:若干角が丸い感じがあり、刺さることもなく解像感高く鳴らします。比較するとHD650に近い印象ですが若干マイルドで、HD560Sの方が高音を押し出してきます。イヤパッドが新しいほど高音が出て少し固め、馴染んでくるにつれてマイルドかつフラットな特性になるようです。周波数応答については一つ前の記事に引用しました。
中高音:ボーカルも落ち着いて聞こえます。鳴り方はHD650に近いと思いますがそれよりも気持ちソフトフォーカスかもしれません。
中低音:HD560Sのようなスッキリというよりは600番台共通の充実感のあるウォームさを感じさせる量を持った鳴り方です。HD650と比べると気持ちニュアンスが少なめな気がしないではないです。
低音:HD600シリーズ共通で低音自体はそれなりに出ます。固くはないですがボワつくというほどでもない鳴り方です。沈み込むような表現ではないものの、HD560Sよりは中低音、低音がしっかり出る印象です。
PhonitorXにはヘッドホンの左右の鳴り方を混ぜてスピーカーを再現するクロスフィード効果のMATRIXがありますが(こういった機能自体は色々なアンプにありますが)、これを入れているとHD600番台の共通の中音がスッキリ鳴りつつ少し距離感が出てヘッドホンの存在感が薄くなります。空間全体を少し柔らかめに一体感を持って鳴らす特徴を残したままなのが面白かったりもします(この辺りはFOCALのClear MG Proが標準でより情報量や豊かさをもたせながらそれに近い鳴り方をしていました)。
他機種との比較
HD650との比較
同じ環境、同じケーブルで聞いていると全体的に十年以上前のHD650と基本的にはよく似ています。感度の違いから同じ300ΩでもHD600のほうが若干音量が小さくなります。モニター向けとも言われますが高音までシャープに出るというわけではなく、マイルドなヘッドホンの代表とも思われるHD650よりもわずかにHD600のほうがさらに大人しいというか、空間も落ち着きがあってマイルドに感じます(イヤーパッドのこ慣れ具合もありそうで、周波数応答的には新品はもう少し明るめのようです)。音のバランスは自分のHD650のほうがごく僅かに高音と低音にメリハリがあり、空間にに演出的な広がりと臨場感や情感があります。
とはいえ、HD650より一回りニュアンスを落としたニュートラルな音で鳴るので、総じて癖がなく落ち着きもあり、今尚世代を超えて開放型でのモニター向けとして支持されているというのも頷けます。一方でリスニングの楽しさは他機種に譲るようにも思わないではないです。言うなれば、素のHD600に対してHD650は化粧しているような状態というか、彫りがすこし深く、メリハリがついて少し見栄えのする装いをしています。
HD560Sとの比較
HD400PROとしてリニューアルされそうなHD560Sですが、比較すると世代の違いや思想の違いが垣間見えます。
一聴して分かる違いはHD560Sのほうが高音よりで、さっぱりして明るい鳴り方をします。空間も500番台準拠の傾斜配置での前方に寄せた音像の作り方や立体感のあるプレゼンテーションで、実直な鳴り方のHD600とは差があります。現代的なPOPSやエッジの立ったEDMなどを聞くとHD600では少しまったりと感じてしまうところが、緊張感が常に漂うというか、言い換えるとHD560SからHD600に付け替えるとほっとする感じもあります。
HD560SはHD800、HD700、HD660S、HD599以降の現行機種らしく上から下まで音が固く、似たような音のバランスを持ち直接のライバルとなりそうなAKGのK712PROと比較すると全体的にソリッドな鳴り方でやや高音が攻撃的で派手です(やや角が立ちすぎるというかコントラストを上げすぎたみたいに細かいニュアンスや音どうしのつながりが若干見えない気もしないではないですが)。一方で、HD600やHD650の空間全体を一体のものとしてゆったりと丁寧に描き出す空間と比べるとやや刺々しく騒々しいので、ギラギラとしたテーマパークのような現代のシャープな音楽を目一杯尖った状態で聴けるというのも新し目の機種の利点でもあるので、ジャンルや目的に応じて使い分けというところでしょうか。
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高音量 | 中音量 | 低音量 | 極低音 | 音場感 | 音像感 | 解像感 | 分離感 | ヌケ感 | 質感 | ドライバ | |
HD560S | 5 | 2.5 | 3 | 2.5 | B+ | A- | B | B+ | A | 硬 | 傾斜 |
HD599 | 3.5 | 3 | 3.5 | 2 | B | B | C | C | B+ | 硬 | 傾斜 |
HD600 | 3 | 3 | 3 | 2 | B | B- | B+ | B | B- | 軟 | 並行 |
HD650 | 3 | 3 | 3 | 2 | B+ | B- | B+ | B | B | 軟 | 並行 |
HD660S旧 | 2 | 3 | 3 | 2 | B- | B | B | B | C- | 篭 | 並行 |
HD660S新 | 3 | 3 | 2.5 | 2 | B | B+ | B+ | B | B | 硬 | 並行 |
HD660S2 | 3 | 3 | 4 | 3 | B+ | A- | A- | A- | B+ | 硬 | 並行 |
HD700 | 4 | 3 | 4 | 3 | A- | A | A- | A- | A- | 硬 | 傾斜+ |
HD800S | 5 | 3 | 3 | 2.5 | A | A | A | A | A | 硬 | 傾斜+ |
総合
560S:高寄りフラット、硬め、爽やかだが低音も出る
599:中低寄りと弱ドンシャリの間、硬め、メリハリあるがやや埋もれる
600:中低寄りフラット、ソフト、ニュートラル
650:中低寄りフラット、ソフト、リスニングより
660S旧:中低寄り、比較すると自分のは篭もる→いずれリストから消します
660S新:低音少なめフラット、暖かさ抑えめ、音が近く主張強め
660S2:低寄りのフラット?メリハリあるが聞き疲れしない
700:弱ドンシャリ、硬め、中低音ウォーム、高音尖り
800S:高寄りフラット、硬め、音場広めでパキッとした鳴り方
600番台の録音や周波数応答の比較はこちら
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まとめ
全体的に癖がなく鳴り方がマイルドに感じるので、個人的には押し出しが強くSN比の高いシャープなDAC、アンプが合いそうだと思いました。今は手元にないですが、オーディオ・インターフェースへ接続しても音が近く空間が狭すぎず、またカリカリにもなりすぎず落ち着きがあって丁寧に鳴るのではとも思います。一方でリスニング用の環境で聞く場合にはHD650と同様に角が丸めで中音の厚みでウォームさがあるので、スッキリシャッキリ聞きたい場合には機材を選ばないと少し眠く感じるかもしれません。
とはいえ、特徴がわかっていれば長寿機種となるだけの信頼感のある鳴り方と言えそうです。それに、すべての機種が硬い主張の激しい音になるのもどうかと思うので、角の取れた落ち着いた鳴り方をする機種を残しているのはそれはそれで意義深いとも思います。また、ゼンハイザーの中でシンプルな並行配置のハウジングは少数とも言え、その意味でもHD650共々どちらか持っていて損はないモデルと言えそうです。
余談ですが、2021年の3月頃に一時期ヨドバシで新品が3万円程度で何度か売られていたのを見て、飛びつこうか悩んで様子見をしたのをしばらく後悔していました。今回購入したのは中古ですが、使用感のない良品が少し安いぐらいで買えたので、自分の中では遠回りしたものの落ち着くところに落ち着いた感があります。
ただ、もともと周波数応答等からHD650と性質が似ていることを知っていたのも躊躇った理由というか、実際聴き比べると思った以上に差が少なかったのでリスニング寄りかモニター寄りかの目的の違いで両者のいずれかを選ぶのが良いと思います。また、上を見ればモニター用でも丁寧な空間や豊かな鳴り方と明瞭さを両立したものがありますし、ゼンハイザーに限った場合でも同じ600番台もキャラクターが異なるので聴き比べてみるのも面白いと思います。
比較で利用した音源はmora qualitasでハイレゾ各種ジャンルと、高低のバランスとスピード感のチェックにOUTRAGEのLife Until Deaf、響きによる情感や空間の広がりを見るのにビョークのUtopia、音数多めの音源として新着のPOPSやMJのDangerous、Invincibleあたり。
機材はUD505→(UA3)→PhonitorXから標準ケーブルでシングル接続とClearForceでバランス接続。600系は同じケーブルを抜き差しして比較。