HD660S。自分にとってはその鳴り方に納得いかなかったことからオーディオ沼が始まった因縁のモデルです。結論としては違う意味で納得はいかないですが、音に関してはHD660Sの呪縛は解けました。
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概要
2023年2月に発売されました。ネーミングに今までのルールにない「2」がついています。なぜそこまでしてHD660Sにこだわるのか…(改めて考えると、Momentum3, 4とか,MTW2, 3とか、もっと言えばHD25はHD25-1 IIのようにもっと複雑なネーミングの経緯もあったのでルールにないわけではないのか)
インピーダンスはこれまでの150Ωから変わり300Ωに。感度は104 dB。ドライバは改良型の42mm。
昨今の状況からの値上げラッシュの中にあって価格は10万クラスに跳ね上がり、HD600番台をベースに、低音と高音に調整が入ったモデルとのことです。自分はヤマハのアレでできたポイントでXLRのケーブルを買おうと考えていましたが、HD660S2の話が急に出てきたのでポイントも駆使してヨドバシで予約しました。
ハウジングはリニューアル版のHD600番台と同じややエッジのある処理です。HD660Sの時からマットブラックでプラスチッキーな見た目は高級感とは無縁でしたが、今回も高級感は一切ありません。エンブレムの色が銅色なだけで,所有欲を満たさないどころか値段を思えばチープさも漂います(これは円安やコスト上昇の問題だけでなく)。Momentum4といい最近のゼンハイザーは質実剛健というよりは見た目が安っぽいのが気になります。
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音について
Soundgenic→DA-310USB(6.35mm)に接続(いずれも電源はエルサウンドのアナログ電源)で聴きました。その後PC→TambaquiDAC→PhonitorX、スマホ→Diablo(4.4mm)も確認。
空間:
箱出しでHD660の浅くモヤッとした空間とは別物とわかります。
HD600系のハウジングということもありますが、至って素直な鳴らし方です。くっきりとした描写からディテールが勢いよく迫るのと、低音の出具合的に若干近目と言えそうです。低音が支配的な音源だと近場に音が満ちている感覚になります。特別に響かせるとか立体感を強調するということもないので、もっと俯瞰して見たいとか少し離れたところに結像することを期待する機種ではありません。これはハウジング由来な部分もありますので、HD600系はこういうものというか、癖もなく安定した距離感を持ちます。
解像感、質:
解像感は悪くなく、音が減衰する階調も滑らかで細かな音まで臨場感がそれなりに伴います。
音は全体に硬めですが、HD560Sのように高音の微細なグラデーションがすこし塗りつぶされるような荒さを感じる硬さではありません。箱だし直後というのもありそうですが、HD800Sを少しマイルドにしたようなパキッとした感じです。
音のバランス:
珍しく発売前に公式で周波数応答についてグラフを出していましたので仕上がりに自信があるようです。出音の傾向としては、グラフの通りHD650の低音を盛って全体的に派手にしたような弱ドンシャリとも言いたくなる低音寄り傾向かなと(ハーマンターゲット狙い?)。
高音:丁寧に刺さらないように調整されている感じもありますが少ないということはありません。とはいえ高音を遠慮なく出すHD700やDT1990などを聞いていると、シャリつかないように気を遣ってリスニング機として調整した感じは伝わってきます。色々比べるとやっぱりマイルド傾向か…
低音:HD600系は元々中低音が多めで少しもやっともするところがありましたが,サブベースに至る低音を盛って厚みが出ています。かといって埋もれるという印象もなく程よく硬く、それなりに輪郭は掴めます。
結果として、全体的に野太い音がするというか、HD600系では珍しくメリハリがありハードロックや電子音も合いそうですが、ディップを作っているあたりの高音をもう少し出した方が気持ちいいかなとも思わないではないです。
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他の機種との比較
数十時間鳴らし込み、手持ちであれこれ聞いてみた現時点の感想としては、ゼンハイザーの中で一番印象が近いのはHD599で、高音を少しマイルドに、低音をもう少し深めて600番台の空間と滑らかさ(しっとりさ?艶感?)をつけたような感じかなというところです。
高音量 | 中音量 | 低音量 | 極低音 | 音場感 | 音像感 | 解像感 | 分離感 | ヌケ感 | 質感 | ドライバ | |
HD560S | 5 | 2.5 | 3 | 2.5 | B+ | A- | B | B+ | A | 硬 | 傾斜 |
HD599 | 3.5 | 3 | 3.5 | 2 | B | B | C | C | B+ | 硬 | 傾斜 |
HD600 | 3 | 3 | 3 | 2 | B | B- | B+ | B | B- | 軟 | 並行 |
HD650 | 3 | 3 | 3 | 2 | B+ | B- | B+ | B | B | 軟 | 並行 |
HD660S旧 | 2 | 3 | 3 | 2 | B- | B | B | B | C- | 篭 | 並行 |
HD660S新 | 3 | 3 | 2.5 | 2 | B | B+ | B+ | B | B | 硬 | 並行 |
HD660S2 | 3 | 3 | 4 | 3 | B+ | A- | A- | A- | B+ | 硬 | 並行 |
HD700 | 4 | 3 | 4 | 3 | A- | A | A- | A- | A- | 硬 | 傾斜+ |
HD800S | 5 | 3 | 3 | 2.5 | A | A | A | A | A | 硬 | 傾斜+ |
総合
560S:高寄りフラット、硬め、爽やかだが低音も出る
599:中低寄りと弱ドンシャリの間、硬め、メリハリあるがやや埋もれる
600:中低寄りフラット、ソフト、ニュートラル
650:中低寄りフラット、ソフト、リスニングより
660S旧:中低寄り、比較すると自分のは篭もる→いずれリストから消します
660S新:低音少なめフラット、暖かさ抑えめ、音が近く主張強め
660S2:低寄りのフラット?メリハリあるが聞き疲れしない
700:弱ドンシャリ、硬め、中低音ウォーム、高音尖り
800S:高寄りフラット、硬め、音場広めでパキッとした鳴り方
600番台の録音や周波数応答の比較はこちら
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まとめ
HD660S2の特徴は本体の軽さと、太さもありつつ硬く勢いのある音でしょうか。価格は正直安くないですが、相対的なので音が気に入れば買いです。音傾向としてはリラックスしてまったり聴くというよりは、ロック、ポップス、電子音ほか現代的な音も量感を持って聴けて、一方で低音もしっかり出つつ繊細な音も明瞭に描き分けるので入力する音に対しての対応力が高めです。言い換えると、HD600のニュートラルさを求めると味付けは濃いめ,くっきり目です。とはいえHD600系のハウジングを持つ時点で鳴り方にクセは少なめでバランスもピーキーでもなく割合穏やかではあるので、HD650を現代的なエッジ感とメリハリを持たせたものという視点からリファレンスとして使えると思う人はいるかもしれません。個人的にはHD600系はPhonitorXのMATRIX(クロスフィード)が効果的で、やや曇りに感じられる中低音の芯が抜けてより自然に聞こえます。
とはいえ、ドライバの改良だけでなく、もっとアグレッシブに素材やハウジング内の反響の調整やケーブルの質などのチャレンジをもっと見たかったとは思うのも実際です。見た目は同じながら価格差がついたヘッドホンというのも世の中には沢山ある訳で、その辺り、HD600系の進化というよりは深化といったところで順当に進んでいるモデルだとは思いました。→その後しばらく聴き続けていると、音の分離や描き分けでは確かに進んでいる感じもするのは確かです。
HD600系の中でもキャラ付けが違っているので、HD600もHD650も生き続けることでしょう。HD650やHD660Sを既に持っている人も音傾向は異なるので、買う意義はあると思います。ただ、アップグレードなのかと言われるとやはり名前と見た目で迷いが出ます。HD599→HD660S2はかつてのHD598→HD650を彷彿とするグレードアップと言えそうです。HD560SからならDT1990や思い切ってHD800Sの方がさらに解像感高くて良いかなとも。
いずれにしても、自分のような(結局個体差かもしれませんが)HD660Sを全く褒めないユーザーだったとしても、今回のHD660S2は名前に対して別物感が強いですが、他機種と比較して事実に気づいてもこれはいい音だと自分に言い聞かせなくても楽しく聴けるHD660S系であることは確かです。なんやかんや書いていますが、普及価格帯のモデルを使って来てそろそろ次のグレードのヘッドホンが1本欲しい、というときにHD660S2は悪くない選択肢だと思います。
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レビューでは物そのものを見て評価はしているので、一個人の意見や感想ですが参考になれば試聴や購入を薦めます。一方で、価格にちょいちょい触れているように趣味はかけた対価に見合った満足感や体験を求めるものな訳で、一番最初に触れたヤマハのアレのXLRケーブルはそれだけでHD660S2と同額です。それでも自分はそれを買う予定でいたのは、ひとえにケーブル一本10万円でもそれに変えることで他に代えられない体験や満足感を期待しているからです。
その意味で、折角の有線の新作ではあるのだし、上でも書いているように価格が上がることを逆手に取って予想を超えるプレミア感や体験や付加価値も見たかったなあというのも本音です。音傾向を思えばいっそ付属ケーブルのグレードや被覆を変えてハウジングはHD600系でも塗装や質感を変えてHD700Sとして出すとか、HD670とか7を避けたいならHD680にした方がハッタリが効いて良かったのではないかとも考えてしまいます。(もちろんハッタリに終始しても本末転倒ですが)
上流をそれなりに詰めても無理をさせている感じがなく,その意味でも従来のHD600系よりも余裕を感じさせます(個人的にはリケーブルはClear forceが良さそう).
これがせめて6、7万代だったら激推しするんですが…