HD700

HD700はHD650とHD800の中間の価格帯(10万から弱)で2012年に発売2019年に廃盤となった機種です。割と手堅いヘッドホンを作るゼンハイザーにあってHD700はピーキーな性質を持っていたため、当のゼンハイザーやファンの間では失敗作の烙印を押された機種ですが、自分は3年程愛用していました。一部の好事家には後継機が望まれていましたが、終ぞそれも叶わないままゼンハイザーのコンシューマ部門が買収されました。今から入手する機会はあまりないかもしれませんが、どのようなヘッドホンだったか、そしてどのように失敗だったか改めて振り返ってみたいと思います。

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概要

ドライバー:ダイナミック型40mm
再生周波数帯:15 ~ 40,000Hz (-3dB)、8 ~ 44,000Hz (-10dB)
インピーダンス:150Ω
感度:105dB
重量:298g

以下Amazonより引用:
HD800の思想設計を受け継いだ最高級のオープンエアー型ダイナミックヘッドホン最先端のテクノロジーが盛り込まれたゼンハイザーのプレミアムモデルHD800のデザインを汲みながらも軽量&コンパクトな仕上がりHD700には、HD800の最大の特長である「音場の広さ」を見事に継承。開放型ヘッドホンの中でも最上級の音場表現高いレベルで最適化された音質と解像度の高い透明感のあるサウンドを提供。

価格帯の割には比較的軽めなのと、公式でも書いているようにHD800の意匠や一部のハウジングの仕様を引きつぎつつコンパクトにした結果、HD600系統よりもHD500系のハウジングと融合させたような形になった機種です。ハウジング外側の金属メッシュは反響と音を逃す両方の機能があるようですが、HD800系同様に剥き出しなので、ぶつけたりすると跡になるので扱いには気を使います(自分のはいつの間にかわずかに傷がついていました)。

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環境の影響やヘッドホンの特徴

この機種は10万台以下のアンプを使う場合にはアンバランスとバランスの差やリケーブルによる鳴り方の違いが大きい機種だと思います(個人の感想)。個人的には標準ケーブルのやや柔らかくウォームな音で聞くよりも、自己責任ですがバランス接続に対応したアンプでリケーブルしてスッキリ鳴らすのが良いです。かつてはUD505、その後Diabloに接続して聞いていました。

リケーブル
ヘッドホン側は2.5mmの両出しでバランス化に対応しています。選択肢は多くはありませんが、メジャーどころが出しているので安くはありませんが音を楽しむことはできます。
ORB ClearForce 4.4mm:高音はスッキリ、中音に厚みが出ます。情報量多く聞きたい場合に。
onso hpct03 4.4mm:全体的にスッキリして明瞭です。相対的にやや低音、中低音がタイト気味。

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音の感想

傾向で言うなら低音、中低音がやや多く、中高音が薄く高音がシャリつく、弱ドンシャリと言えそうです。音のバランスとしては高音のやや6K付近の量が出てシャリつき、低音、中低音がしっかりと出る弱ドンシャリです。やや中低音が膨らんで滲む感覚はありますが、ボーカルは埋もれずに聞こえ、繊細なニュアンスを出しながら暖かさも感じさせます。一部シャリ付きが激しいため、やや攻撃的な面も持ちます。以下UD505にhpct03でバランス接続した音の感想ですので、環境によっては異なる感想になると思われます。

低音
音自体はタイトですが、標準ケーブルでシングル接続した場合中低音の量がモヤッと感じられる場合があります。ドライバから耳までの間に空間があり、イヤカップ内で反響した音が耳に届きますが、この時やや広めな音場を形成するのと同時に音が留まるため、GRADOのSR325eなどを聴いた後では、この球体状のステージ感がモヤッと感じたりはします。これを密閉型っぽいと感じる可能性もあるので好みにもよりそうですが、バランス接続すると若干緩和されます。

同じような構造でもHD800Sではリング状のドライバの影響してかすっきりするあたり、ドライバサイズと構造とイヤカップのサイズのバランスによるのかもしれません。また、HD660Sとインピーダンスが同じでドライバの形も外から見るとよく似ていますが、鳴り方としては輪郭が追いやすい現代的な固めな音は共通しているものの、ハウジングが異なるのと設計思想の違いもあってか、660の方が若干まとわりつくような低音の厚みがあります。(どちらもADSRで言うサスティンが長くリバーブが短いような印象を受けます)

高音
6K辺りの音が刺さると言われていてシャリつきますが、一方でそのピークから少し下から中音にかけて柔らかさもあるような膨らみのある表現で、高音全体は何気にHD800Sの方が相対的に量がありすっきりしてクール寄りな(クリア感がある)印象です。高音のピークはロックや電子音などのドンシャリの刺激と合う音源との相性が良くて気持ちがいい反面、ゼンハイザーの機種にしては飛んでるというか、ピーキーな仕様に思えます(電源を含めて環境を整えたハイレゾ音源で聴いていると刺さるというよりも尖りの先までシャープに解像している印象です)。ただ、刺さるのは極端な圧縮やマスタリングに癖のあるの音源の他、電源関係やケーブル等による高周波ノイズが原因な場合もあるので、刺さりが気になってしょうがない人は環境を見直すのも一つかもしれません。

間:
高音低音の鳴り方も重要ですが、個人的にはHD700は適度に広さのある立体的な音場と音の味付けと勢いにこそ個性があると思います。HD598で自分が一番面白いと感じた箇所でもある、モニター機で聞いた時の音とは異なるけれど心地よく、たまにハッとする奇妙なリアリティのある空間と音。これがクリアになったと考えるとそれだけで価値があります。写真で言うと、徹底した解像感と現実を写し取る記録色のニコンと、人間が美しいと思う絵作りや記憶色のキヤノンの違いと言うか。自分はどちらかというと後者派なので若干脚色してでも心地よいリスニング向けの音作り、けれども解像感も高くクオリティが高い、という音に惹かれるのかもしれません。原音と比べると嘘くさい音が鳴っているのかもしれませんが、ボーカル曲は歌手の歌っている様子や表情が想像できるような、妙なリアリティと説得力が備わっています。それに、音的にはゼンハイザーらしい部分も持ちながら異色とも言えるアグレッシブさも良いです。

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失敗作の烙印

HD700は不幸にも生み出したゼンハイザーにも消し去られた機種となりました。一番の理由は売れなかったと言うところだとは思います。HD650やHD660などの5万円台(値上がって7万という話も見ましたが…)はちょっといいヘッドホンを買うために頑張れるラインですし、それを超えた人にとっては既に沼に浸かっていたり、沼を回避するためにハイエンドをと思ってしまうので中間のランクは避けられがちです。

また音も、高音が刺さるとか低音がぼわつくといった環境によりそうなレビューが広まったのもマイナスだったと思います。高音はDT1990の方がよほど刺さるし、中低音はHD650並ですので、同社の開放型の中ではアンバランス感はあるかもしれませんが、密閉型と比べればそこまで非難するほどかなと。ゼンハイザーは全体的に音がフラット寄りの整っているものが多いから周波数特性でいちゃもんをつけられやすいのかもしれません。あるいは、HD800系統のような反射音も使った投影のような鳴り方がハウジングの大きさもあって違和感を覚える人が多かったのかもしれません。

ですが、価格帯に倍以上の違いがありますが、ゼンハイザーでは失敗作だったHD700のその先のような音がULTRASONEのEdition8EXに見出せたと言うのが謎のしてやったり感があって面白かったりもします。

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他機種の比較

HD800Sとの比較
鳴っている音そのものはゼンハイザーに共通した世界観があると思います。ただ、価格帯もありますがあらゆる面でHD800Sの方がバランスが良く余裕があります。EDMやロックなどのノリの良さはHD700の方が良いとは思います。

HD660Sとの比較
両者UD-505にバランス接続で聞こえ方を比較すると、音のバランスと空間の使い方が全く異なります。目の前で音に包み込まれるようなHD660Sの音場と比べると、HD700はバラバラになった音の空間の中に立つような印象です。特にバランス接続したHD700は上下にも空間が広がり、音の球体に包まれているような鳴り方をします。全体的に抜けが良く、低音も締まっていますがある程度量があるためノリも良いです。出音自体は660の方が近いですが、声の近さで言うと下手すると700の方がクリアで近く感じたりします。HD700は電子音やポップやロックやその他現代的な音楽を鳴らすことに向いた機種だと思います。空気感やノリで聞かせる音源は700向き、ソリッドな電子音を含め音そのものを聞かせる音源は660向きとも言えるでしょうか。

HD598、HD599との比較
試聴でも思った事ですが、598と共通して実際の重さ以上に軽く感じる装着感があります。空間演出の方向性というか、音の広がりや距離感は598と近い気もしましたが、同じ音源を比べると700の方が広く感じられ、より空間性を強調した感じと言うか、音に取り囲まれる感覚が強く没入的です。比べると聞こえていた音が不明瞭に鳴ったり、低音が柔らかかったり、音を選んで聞くようなことがしにくくなり、あれ598ってこんな荒い音だったっけ?となります。HD599との比較では、HD700が高音寄り、HD599が低音寄りを基本として、音の分離感や空間表現に明確な差があり、比較すると500番台は塊感がありもっさりして聞こえてしまいます。

T1 2ndとの比較
比較するとベイヤーダイナミックのT1 2ndは中低音が柔らかく若干のまったり感も感じさせて非情に聞きやすい音に感じます。やや角が丸くうっすら膜というか霧のような柔らかい残響がありながら、音に張りと緊張感がありそれが艶やかさや豊かさにも思えるというか。音の鳴り方や広さ的には650と700の中間な感じもしました。T1 2ndをバランス接続すると両者の出音が意外と似ていることに気づかされます。ただ、個性としての中低音の柔らかさや豊かさに差はあるので、UD505+HD700で出にくい厚みがあり、さすがにUD505に合っていると言われるだけはあるなと思います。T1 2ndはマイルドさや重厚感を持った王道感のあるキャラクターです。それはそれでHD700の個性がはっきりしたというか、ロックやポップスやEDMの爽快で明快な気持ちのいい鳴り方はこの機種の味だなと。

Edition8EXとの比較
ULTRASONEの限定でないEdition系での一つですが一時期所持していました。かなりピーキーなヘッドホンですが、なぜ引き合いに出すかと言うと、HD700が好きな自分が好きそうだとなんとなく思って入手したら、思った以上にキャラクターが近い上位互換で、HD700を密閉化してS-LOGICによる前方定位させてドンシャリ具合を強めて質を上げたらこうなるのかなという感じでした。一時は完全に乗り換えも検討していましたが、装着感が気になるのとハウジングがメッキ仕様で気を遣うのと、数が増えてきて若干整理する時期と重なって手放しました。

高音量中音量低音量音場感音像感解像感分離感ヌケ感質感ドライバ
HD560SAB-B-B+A-BBA傾斜
HD599BBA-BBCCB傾斜
HD600BBBBB-BBB-並行
HD650BBBB+B-BBB並行
HD660SB-B+BB-BBBC-並行
HD700A-BB+A-AA-A-A-傾斜+
HD800SABBAAAAA傾斜+
ゼンハイザーの他のヘッドホンとの比較:相対的なものなので、必ずしも良し悪しというわけではなく用途に応じた使い分けができます。Bが標準的で、Aは演出的だったりやりすぎも含まれます。分かりにくいですが高中低がBBBがフラット、ABAはドンシャリとなります。

総合
560S:高寄りフラット、硬め、爽やか
599:中低寄り、硬め、メリハリあるがやや埋もれる
600:中低寄りフラット、ソフト、ニュートラル
650:中低寄りフラット、ソフト、リスニングより
660S:中低寄り、比較すると自分のは篭もる
700:弱ドンシャリ、硬め、中低音ウォーム、高音尖り
800S:高寄りフラット、硬め、音場広めでパキッとした鳴り方

600番台の録音や周波数応答の比較はこちら

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おわりに

HD700(バランス接続)は、HD800Sで聴くには大掛かりすぎる場合に、手軽に手にできるサイズと軽さと装着感の良さはしっくりくるというか、自分としては鳴り方も気持ち良く普段使いとして3年以上使っていました。その性質上好きな人にはたまらない機種だと思いますし、個人的にはもっと早く買っておけばよかったと思いました。

音自体の方向自体はHD800Sとそこまで離れていないながら、その鮮烈な鳴らし方からか、過去機種一覧からHD700が消えているのも含め、今後刺激的な方向で突き抜けたモデルは厳しいのかなと・・・。